フランスから見るコロナ危機と希望 ー ビューゴー真理子さんより

最終更新: 5月14日

日本よりも半月早く、全土に「外出禁止令」を発令し、日本よりも厳しく国民の行動を制限をしたフランス。首都パリから南西に400キロ、エシレバターやヤギのチーズが名産の、人間より家畜の方が多い内陸の農村部、ドゥー・セーヴル県で家族で暮らすビューゴー真理子さんからレポートが届いたので紹介します。

フランスから見るコロナ危機と希望

ビューゴー真理子




変わる視線、消えたビズー文化


商店も1軒もない、人口300人のフランスの片田舎の農村に住んで18年。生活に必要な買い出しや銀行などには近くの町まで出掛けなければいけない。住民も少ない上、外国人、特にアジア人はほぼ皆無なところなので、移住当初こそ、周囲の視線が気になることもあったけれど、昨今では誰も私の存在を気にしていなかった。


2020年2月、フランスでコロナ肺炎による最初の死者が出ると、それが一転した。 スーパーに買い物に行けば、あちこちから視線を感じる。遠巻きに私をみる冷たい視線。量り売りの野菜を選んでいると『素手で触らないで!』と言われた。日仏ミックスの我が家の子どもたちは、少なくとも数回は『中国人はコロナ持ってさっさと帰れ』とか『へ〜い、コロナ〜!』などと学校で言われたらしい。「コロナウィルスは対岸の火事」と思っていたフランス人が、「アジア人が火事の火種を持ってきた」という認識になったことを実感させられたできごとだった。

3月になり、薬局やスーパーから消毒ジェルが消えるとフランスの伝統文化の一つも、フランス全土から消えた。『Bisous(ビズー)』。 親しい人どうしが、ほっぺにキスをし合う挨拶だ。これは老若男女、親戚や親子に限らず、相手への敬意と親愛の意味を込めてする挨拶の方法で、親しさの度合いや地方によってキスの回数も異なる。 (例:頻繁に会う親しい人には平均左右1回づつの2回。 地方によっては最高左右2回づつ計4回、キスをする) 私は、ビズーは単にフランス人の習慣の一つとして受け入れてきたけれど、その行為ができなくなった今、ビズーの持つ意味がわかった気がする。知り合いに会った瞬間、体を相手に近づける行為。相手への興味、敬意、愛情などを表す大事な表現なのだ。今では誰かとすれ違っても、ある程度の距離まで近づいたら、ふっと歩みを止めて体を後ろに反らす。『これ以上近づくな』という距離感を嫌が応にも感じて、さみしくなる。 そして3月12日。マクロン大統領のテレビ演説があり、予想されていた通り『全国一斉休校』が発表され、同時に、14日の土曜日0時をもって全てのレストラン、バーなど飲食店の休店命令。週が明けた16日には、翌日正午からの『外出禁止令』が通達された。それから約2ヶ月、フランスは”呼吸すること”を止めてしまった…。

庭の鶏たちもソーシャル・ディスタンス?

フランスの国民性と政府の対応

フランス人は、自他共に認める『押し付けられるルールが嫌い』な人々だ。そんなフランス人が、思いの外、外出禁止令というものを素直に受け入れた。もちろん皆が本気で『コロナは怖い』と恐れたのもあるだろうが、私は別の見方をしている。それは政府の有無を言わせない決定と発表テクニックだ。学校には金曜日1日のみ、飲食店には夕方からの6時間のみ、国民には発表から発令まで半日のみの猶予しか与えなかった決定は、実に衝撃的だった。不平不満を言っている余裕がなかった。

そしてフランス政府が貫いている姿勢が『手段と目的、目標を明確にする』こと。3月の連続した厳しい制限には『人命第一。今現在、全国の病院のベッドはいっぱいで、これ以上増え続ければ救える命も救えない』という説明があった。在宅ワークを推奨し、それが無理なら一時的な休職。16歳以下の子供を持つ親は、それを理由に休職ができる。それに伴う政府の経済的援助も発表された。経済活動が止まることが社会に与える影響は計り知れないが、『それよりもまず国民の命』と政府が言うのならば、国民は何も言えない。

それから2度に渡って外出禁止令が延長されてきた。その度に現状説明と外出禁止令の緩和に必要な条件を明示してきた。そしてやっと、5月11日からの緩和期間が決定された。これもまた明確に『これ以上経済をストップしたら、国が破綻する』からだった。


ウイルスはまだ国内で猛威を奮っているが、外出禁止令の効果あって、病院のベッドにも多少の余裕が出来てきた。学校も同時に再開するが、まずは幼稚園と小学校。幼い子どもに衛生概念や社会的距離を求めるのは無理だ、と不安や反発の声も多いけれど、『親が仕事に出るために、一人で留守番できない年齢から学校を再開する』とこれまた理由が明確。

逆に、フランス人が最後まで受け入れられなかったのは、『マスク』だった。こちらではマスクをするのは病気の人のみなので、マスクそのものを店頭で見ることもない。外出禁止令が出てすぐに、子ども達とミシンを使って布マスクを作ってみた。SNSにその写真を載せると、フランス人たちはことごとく反応しないか、もしくは『全くもって意味ないものだけどね』という冷たいコメント。


布マスク。クラスターが発生した難民施設に寄付した

その頃、そのフランスは医療現場でのマスク不足が深刻で、国が配給を制限するようになっていた。歯医者は『マスク配布の優先順位が低い』ということで全国一斉休業。町医者や老人ホームなどには20年以上前に使用期限が切れているサージカルマスクが国から配給されていた。3月の時点で政府は『布マスクの着用は意味がない』とまで発言していた。

その後、防疫の観点から公共移動時のマスク着用が義務になった。電車やバスの中でマスクをしていない人には2万円以下の罰金まで課されるらしい。各自治体が住民のために布マスクを注文し、配布している。なのに、外出禁止令が緩和された5月12日現在、街中を歩く人たちの顔から再びマスクが消えた。職場や移動中など「義務化されてる状況」のみでマスクを着用する人が多いのだろう。やはりフランス人は、政府も国民も、マスクを受け入れられないようだ。



左:娘が焼いたフルーツピザ。中央:酵母からおこして焼いたパン。右:生地から手作りしたラビオリ



外出禁止令がもたらした希望の兆し

コロナ危機。フランスも日本や他国と同じく、家庭内暴力や子供の学力低下もしくは学業断念、そして貧困の悪化など、様々な側面で深刻な状況になっているのは言うまでもない。それでも悪いことばかりでもない。思いつくだけを並べてみる。


・世界中の空から飛行機雲が消えて、一時的でも大都市の空気が改善された。 ・移動を邪魔する人間や自動車が町から消えたので、野生動物が生活範囲を広げるようになった。

・複数の養蜂家が口を揃えて、今春は過去20年でもっとも多い量のはちみつが取れたと言っていた。 ・大型チェーンスーパーに買い出しに行くのは不安だからと、地元の農家や小さな商店で必要な食料品を買いに行く人が増えた。 ・毎日不眠不休で働く医療関係者たちに感謝をすることで、他人に支えられて生きていると気づく人が増えた。

・フランスの大都市の医療が崩壊寸前になったとき、ドイツやオーストリアなどの近隣国が、フランス人患者の受け入れを申し出てくれた。個人、自治体、国という単位のみで私たちの生活が成り立っているわけではなく、国を越えた人々の協力のもとで自分たちの命が保障されているのだと気付かされた。

・消費!消費!と買うことにこだわらなくても健全に生きられることに気づく人が増えた。


フランスの外出禁止令が出た直後、パリなど大都市の住民が、田舎の別荘や地方の実家に一斉に避難をした。当初は外出禁止令がせいぜい2週間程度だろうと思っていたからだ。自宅にあるテレビゲームや便利な生活用品もなく、そんな不便で非日常的な環境を、夏のバカンスとしてほんの一週間ほど滞在して楽しむ「田舎の家」。そこで気づけば2ヶ月間という決して短くない期間を、家族のみで過ごすことになってしまった。外出は1日1時間のみ、しかも正当な外出理由を示す証明書の所持が必須だ。


もちろん、パリに戻れる日を心待ちにしていた人もいるだろうが、一方で、退屈もせず、心身ともに健康的な生活を送ることが出来たことに、本人ですら驚いているケースが多いらしい。この経験は少なからず彼らのこれからの生き方に影響を与えると思う。 このコロナ危機がいつか世界各国から消えても、私たちの生活はもう二度とこれまでとは同じにはならないだろう。当たり前にあると信じて疑ってもいなかった、今日と同じ明日が来ないかもしれないという恐怖を知ってしまったから。 だからこそ、当たり前にいつまでも無限にあると思っているものや、こんな危機的状況でもなくならずに自分の近くに存在し続けているものを慈しむ大切さを、いつまでも忘れないようにしたい。 



ビューゴー真理子


明治学院大学で辻信一ゼミにて文化人類学を学ぶ。語学研修コーディネーターを経験したのち、結婚を機にフランスの農村に移住。翻訳・通訳業、アテンドなどオファーがあれば何でもやる屋。


ふだんは子育て、家庭菜園、養鶏などと共に、築300年以上経つ元農家の家屋修復作業に勤しむ。常にやることの多いスローライフ、絶賛実施中。


mariko@pressgraffity.com

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