• 辻信一

あれから10年 「覆いが外れた」 柳美里の言葉



2014年に日本で発表され、昨年末に全米図書賞を受賞した『JR上野駅公園口』の著者、柳美里(ゆうみり)は、受賞後のインタビューで、創作の背景をこう説明した。2011年の震災と原発事故で被災した福島県南相馬市に通い始めた彼女は、臨時災害放送局のラジオ番組「ふたりとひとり」で、六年間、地元住民の声に耳を傾け続けた。その結果、自分の創作のやり方に大きな変化が起こったという。(朝日デジタル2020年12月12日)


「東日本大震災以前は発信するという思いが強かった。囲われた自己、というのがあって、自分が生きてきたいろんな体験、出自は在日韓国人ということも含めて、それらを発信するという・・・」。しかし、ラジオでは「聞くことに全エネルギーを傾け」たと柳は言う。数年後、彼女は現地に通うのをやめて、そこに移り住んでしまう。そして2018年に放送局が閉鎖されるまで番組の聞き手を続けた。


「いろんな属性に覆われて成り立っている自分の覆い、囲いを取り払って、他者が流れ込むに任せていた。だから自分というもののとらえ方が変わってきました。自分とは、そもそも他者の乗り物みたいなものではないか、と。・・・自分が他人から生成されているものなんだ、と思ったときに、覆いが外れたんです」


柳のいう「聞くこと」から生まれたのが『JR上野駅公園口』だ。物語の語り手である主人公はすでに死んでいる。彼は、後に原発が建設されることになる福島の沿岸地域で生まれ、若い時から出稼ぎ労働者として転々とした末、晩年はホームレスとなって上野で過ごした。


「一番声が聞こえないのが死者だと思うんです」と同じインタビューで柳は言う。「死者の声を聞くということは小説家がずっとやってきた役割の一つだと私は思っているんです」と。そして数週間前に起きたばかりのある殺人事件に言及する。被害者はコロナ禍で派遣の仕事を失ってホームレスとなり、渋谷のバス停で過ごしていた六四歳の女性だった。「目障りなのでいなくなってほしい」と思っていたと犯人の男は供述したという。残された「彼女の痛みや傷や悲しさや苦しさやみじめさみたいなもの」は、「聞く、祈る、書くという行為によって手当をできるのではないかと思うんですね」と柳は言うのだ。


覆いや囲いが外れる、取り払われる、という柳の言葉に注目したい。言い換えれば、さまざまな「もの」や「こと」を分離し、隔てている境界が消えて、その両側が混じり合い、合流する。柳の場合、自分の中へと他者が流れ込み、自分がもうそれまでの自分ではなく、他者の乗り物のようなものだと感じられた。「私」と「あなた」の輪郭がぼやけて、どこまでが私でどこからがあなたなのかが不分明になる。彼女が言う「大きな変化」は、そこにとどまらず、さまざまな関係性と間柄を含み込んでいく。現地住民とよそ者、被災者と非被災者、少数者と多数者、生者と死者・・・。


分断の壁を想像力によって超えてゆく希望が、そこに見えている。



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