• 辻信一

あれから10年 武藤類子さんの言葉



<セパレーションからリレーションへ>


コロナ禍がやってきて一年目の3月は、東日本大震災から十年目でもある。その10年を記念して出版されたばかりの『10年後の福島からあなたへ』(大月書店)に寄せた文章の中でノーマ・フィールドは、こう言っている。


「分断」とは、福島を襲った災いの中でもっとも心に突き刺さるもののひとつで、至るところで出会う表現となってしまいました。国と東電は、精を尽くして「分割統治」を実践していると言ってもいいでしょう。武藤さんのスピーチは、その分断された痛みを直接的、間接的に言い当てているのです。(「福島から—きちんと絶望すること、そこから次の道を見出すこと」)


「武藤さんのスピーチ」とは、この本の著者でもある武藤類子さんが二〇一一年九月十九日に明治公園とその周辺を埋め尽くした何万という人々を前に行い、瞬く間に世界に感動の輪を広げたスピーチである。また巡ってきた3月11日に、ぼくたちは何よりもまず、そのスピーチにもう一度耳を傾けてみることではないか。そこには、原発被災地の人々を刻々と試し、引き裂いていく目に見えない「分断」力についてこう表現されていた。



逃げる、逃げない。

食べる、食べない。

洗濯物を外に干す、干さない。

子どもにマスクをさせる、させない。

畑を耕す、耕さない。

何かにもの申す、黙る。(『福島からあなたへ』(二〇一二、大月書店))


一人ひとりの日々の、あらゆる瞬間のこうした「苦渋の選択」の中へと、しかし、目に見えない力が忍び寄り、そして、「分断」を持ち込む。


すばやく張りめぐらされた安全キャンペーンと不安のはざまで、

引き裂かれていく人と人とのつながり。


しかし、引き裂いていく力に抗って、つながり続けること。武藤さんのスピーチはひたすらそれを訴え、人々を励ましたのだった。それなしに、「復興」という言葉は無意味だ、と。


私たち福島県民は、故郷を離れる者も、

福島の地にとどまり生きる者も、

苦悩と責任と希望をわかちあい、

支えあって生きていこうと思っています。


しかし、フィールドが言うように、その後の十年は、甚大事故の最大の責任者である国と東電が「復興」という名の分割統治を着々と進め、福島を、そして国中を幾重にも引き裂きながら、原発推進路線へと引き戻してゆく年月となった。一人ひとりの内なる葛藤は、やがて、「逃げる」人と「逃げない」人、「食べる」人と「食べない」人、「もの申す」人と「黙る」人へと、コミュニティを、地域を、そして国を分断していった。チェルノブイリの原発事故の後に避難区域の基準となった1ミリシーベルト/毎時という放射線量の基準は、この国ではいつの間にか20ミリシーベルトへと薄められ、子どもたちの被曝を危惧する親たちは非難され、危険性を指摘する科学者や医療関係者は、“風評被害”を煽る者として指弾された。


思えば、原発そのものが分断の権化のような存在なのだった。計画から稼働までのプロセスで、それは人間と自然との関係を、人間同士の関係を、そして自然界という織物そのものをどれほど引き裂いてきただろう。


武藤類子さんは、まるでそれから10年間に引き起こされるだろう分断を予知しているかのように、語っていた。でも、そうならないようにしよう、つながっていこう、支えあって生きていこうね、と彼女は人々に呼びかけたのだった。そしてこう続けた。


私たちとつながってください。

私たちは、なにげなく差し込むコンセントの向こう側の世界を

想像しなければなりません。

便利さや発展が差別と犠牲の上に成り立っていることに

思いをはせなければなりません。

原発はそのむこうにあるのです。


「分断」を超えてつながろうとする者たちにとっての、もっとも有望な力は想像力だ、と武藤さんは教えている。そして、こうも言っていたのだ。


人類は、地球に生きる

ただ一種類の生き物にすぎません。

(中略)

私はこの地球という美しい星と調和した

まっとうな生き物として生きたいです。(同上)


彼女がいう人間と自然との悲喜劇的な分離は、あれから十年、気候危機の進行と災害の日常化という形で、いよいよ“臨界点”を迎えているかに見える。だが、彼女はあの時、その分断の壁を「あいだ」の力によって無効化してゆくという展望を、こう語っていた。


つながること。

原発をなお進めようとする力が、垂直にそびえる壁ならば、

限りなく横に広がり、つながりつづけていくことが、

私たちの力です。(同上)


そしてスピーチの最後に武藤さんはこう言った。


たったいま、隣にいる人と、そっと手をつないでみてください。

見つめあい、互いのつらさを聞きあいましょう。

怒りと涙を許しあいましょう。

いまつないでいる、その手のぬくもりを

日本中に、世界中に広げていきましょう。


最後に武藤さんはスピーチをこう締めくくった。


目をそらさずに支えあい、

軽やかにほがらかに、

生きのびていきましょう。


「目をそらさず」「支え合い」、「軽やかに」、「ほがらかに」生き延びていく。あれから10年、この短い一文以上見事に、ぼくたちが行くべき道を、そしてその道を歩む者のスピリットを、見事に表しているものは他になかったし、これからもないのではないか。ぼくにはそう思える。目をそらさずに支えあい、軽やかにほがらかに、生きのびることを諦めない。そういうあなた自身こそが何よりの希望だ。セパレーションからリレーションへ。希望は、いつでも、「あいだ」にある。





175回の閲覧

最新記事

すべて表示

© 2020 by Name of Site. Proudly created with Wix.com

© theslothclub2020