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ナマケモノがべてるに感染したー「弱さ」を抱えて豊かに生きる

8月5日、浦河町にある統合失調症のグループホーム「べてるの家」を運営するソーシャルワーカーの向谷地生良さんをお迎えして、ナマケモノ教授こと文化人類学者の辻信一さんがオンラインで対談する。おかげさまで満員御礼となりそうな反響です。


福祉と環境運動の接点は?と思う方もいるかもしれません。ナマケモノ倶楽部がべてるの家に引き寄せられ、「弱さ」について学び直しはじめたのが2008年ごろ。北海道にでかけたり、東京や神奈川で講演される向谷地さんを追っかけ、お話を聞いたり。ついには、『ゆるゆるスローなべてるの家』という本を出しました。そのまえがきの辻さんの言葉を抜粋して、5日の久々のお二人の対談を心待ちにしようと思います。(事務局)

 

ナマケモノがべてるに感染した


いくつかの本を通じて北海道浦河にある精神障がい者たちのコミュニティ「べてるの家」の存在を知り、ぼくは深い縁を感じた。『「べてるの家」から吹く風』(いのちのことば社)という向谷地生良さんの本の表紙を飾るべてるメンバーたちの集合写真の最前列で、一人の男性が、ナマケモノ倶楽部のサインである三つ指を立てているのは、まるで、べてるがぼくたちにラブコールを送っているかのようで、胸がドキドキした。



実際にナマケモノ倶楽部の仲間たちと浦河をはじめて訪ねて以来始まったべてるとの交流は、ナマケモノ倶楽部の10年の歴史の中で特筆に値する大事件だと思っている。ぼくたちなりに提唱してきたスローライフということの意味が、べてると出会うことで、“腑に落ちた”のだとぼくは感じる。


一度べてるの家を訪ねた者は、また必ずやってくる。そういう“神話”が、浦河にはあるそうだ。ぼくもナマケモノ倶楽部の仲間たちも例外ではなかった。やがて、それが一種の“病気”であることがわかった。向谷地さんや浦河日赤病院精神科の川村敏明医師が、「べてるウィルス感染症候群」と呼ぶものだ。

『安心して絶望できる人生』(NHK生活人新書)には、次のように報告されている。


「べてるウイルス感染症候群」とは、1990年代より北海道浦河町を感染源として発見された強い感染力を持った難治性の疾患の一種で、未だに有効な治療法は見出されていない。現在でも、「べてるに出会うと“病気”が出る」といわれ、感染者が続出している。
基本的に潜伏期間は短く、浦河滞在中に感染し、帰った後に発症する事例が多いが、滞在中に症状が顕在化する例も見られる。昨今は、二次感染も多く報告されており、人を介した一次感染から、ビデオや本を通じた感染経路も明らかになり、その感染は、予想以上の広がりを見せている。
特に強い感染者は通称「べてらー」と呼ばれ、判っているだけでも、10人を超えるべてらーが現在確認されており、べてるウイルスを全国各地に拡散させる運び屋となっている。(85頁)

報告者の向谷地、川村両氏によれば、感染者の症状には以下の8つがあるという。

① 初期症状としては「脱力感」が生じる。あまり物事を深刻に考えることを止め、気楽に考えるようになる。
② 今までに考えなかったことを考え、見なかったことをみるようになる結果、一過性の抑うつ状態に陥るか、「自分が阿呆らしくなる」という自罰感覚も伴うが、徐々に筋金入りのいい加減な人間になってくる。
③ 「昇り」に弱く「息切れ」をしやすいだけではなく、「昇る」局面に関心が薄れ、「降り方」がうまくなる。生活面では、張り合わない、競争しないという傾向が強まる。
④ 「忘れること」がうまくなり、気持の切り替えが早くなる。
⑤ 嗜癖性があり、何度も浦河に足を運ぶようになる。年間三回以上、浦河を訪れるか講演に足を運ぶようになると、重度の感染が疑われ誰からとなく「べてらー」といわれるようになる。
⑥ 金欠症状―金銭への執着が薄れ、浦河にくるための交通費がかさみ、お金が貯まらなくなる。
⑦ 社会的な評価に対する興味が薄れ、出世が遅くなるか、しなくなる。
⑧ 多弁症状―自分を語り出し「三度の飯よりミーティング」状態になる。(86頁~87頁)

『「べてるの家」から吹く風』では、向谷地さんが、べてるウイルス感染症候群が引き起こす「反転症状」なるものについて次のように述べている。

代表的な「反転症状」は“病気”なのに心は健康になる、“貧乏”なのに豊かになってくる、“過疎地”なのに商売が繁盛する、“病気”のおかげで昆布が売れる、“病気”のおかがで友だちができる、“絶望”するほど「いい落ち方してきたね」と誉められる、“病気”になってホッとするなどである。(144頁)

そしてもうひとつ、向谷地さんは「無力症状」をつけ加えている。これは先ほどの単なる「脱力感」と違って、特に、専門家とその周辺に起きる症状だという。

何も問題が解決していないのに、いつのまにか“解消”されることが起きる。そして、「すること」よりも「しないこと」がうまくなる。(144頁)

反転症状!ぼくたちがこの10年、スローライフという名のもとに試みてきた価値観の大転換――「速い」から「遅い」へ、「大きい」から「小さい」へ、「強い」から「弱い」へ、「グローバル」から「ローカル」へ――が、浦河という過疎地で精神的な病という名のもとに、着々と進行していたとは!


向谷地さんたちによれば、べてるウイルス感染症候群への感染効果は予想以上であり、今後、人と場を豊かにする善玉ウイルスとして、さらなる広がりを見せることが予想される、という。よし、ぼくも、べてらーの端くれとして、ささやかながらこの善玉ウイルスを全国各地に拡散させるお手伝いをしよう。



ゆっくりノートブックシリーズ第4巻として、本書を、スローライフ運動10周年の年に刊行することができて、ぼくは(病気でも)幸せだ。

2009年、少し早すぎる春。八ヶ岳にて。

辻 信一


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