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キャンドルを前に「本物の豊かさ」を問い直そうーー河野和義さんの言葉に学ぶ

2020年も残すところあと半月ですね。一年でいちばん日が短い「冬至」も、もうすぐ。

ナマケモノ倶楽部では、今年も冬至の12月21日(月)夜8時から10時、「でんきを消して、スローな夜を」をキャンドルナイトを呼びかけます。


17日(木)夜には、apbank代表理事で音楽プロデューサーの小林武史さん、旅する音楽家の堀田義樹さんをお迎えして、オンライントーク&ライブ「キャンドルナイト冬至2020 森と生きるよろこび」を開催。千葉県木更津に昨年オープンしたクルックフィールズの取り組み、音楽が本業である小林さんがどうして環境活動に熱心に取り組むのか、様々な危機を生きる私たちは希望をどこに見出したらよいのか?などを、ナマケモノ倶楽部の辻さん、藤岡亜美さんが聞き手となってお話を伺っていきます。


後半の音楽ライブは、インドの伝統楽器ハルモニウムを使い、生きとし生けるものとのつながりに感謝をささげる、堀田義樹さんによる祈りの音楽。今年一年、緊張することの多かった自分の身体と心をねぎらい、また、自然界のいのちの奇跡的なつながりによって生かされている私たちの「身の丈」を思い起こし、謙虚になる時間になれば。みなさんとオンラインでお会いできることを楽しみにしています!(お申込みはこちら


そのキャンドルナイトイベントを前に、辻さんが2011年夏至に訪れた「被災地でのキャンドルナイト」の文章を、久しぶりに読み返し、心を動かされたので、ここに紹介したいと思います。


コロナウィルスが世界の共通キーワードとなり、たしかに多くのいのちを奪いましたが、それでも、私たちは自然界の網の目のつながり(Web of Life)の中で、生かされている存在です。問われているのは、ウィルス撲滅ではなく、私たち人間の暮らし方、あり方なのだと、河野和義さんの言葉に学びました。(事務局)

 
宮城県塩釜でのキャンドルナイト

被災地でのキャンドルナイト

(『Be-Pal』連載「カフェノマド」2020年6月号より)


3・11の大津波で姿を消してしまったた陸前高田の市街地跡に呆然として立つ。高田松原の松は消え、地盤沈下のために海が近づいていて、自分がかつての市街地のどこに立っているのやら。それでも、かつて宿泊したことのあるホテルの、今は廃墟と化した建物を頼りに、そこから内陸へと真っ直ぐ伸びた通りを思い描く。その道の途中の、確か右側に、あのカフェはあったのだ。

かつて職場や家があったあたりに立つ河野さん

案内してくれるのは河野和義さん。「ここが風工房」と彼が指差したのは、かつて妹さんが経営していたカフェのあった場所だ。今はもう存在しない建物の前に来て、やっと6年前の夜のことが甦った。あれも今と同じ真至の頃、神戸から来た「CAFE」という名のふたり組のバンドをゲストにキャンドルナイトの集いがここで行われた。


河野さんが会長を務める醤油づくりの老舗、八木澤商店の、江戸時代からの仕込み蔵も、自ら有機大豆を育てた畑も、津波にのまれて姿を消した。かつてぼくはそこで、スローフードということばの真意を体感させていただいたものだ。岩手県産の丸大豆や小麦、それにミネラル豊富な海塩と地下水。地元の大地や海の恵みと、伝統的な知恵や技術の蓄積が合体した時に「本物」は生まれる、というのが河野さんの信念だった。

写真左:避難所となったお寺の境内の臨時カフェで昼食。右が河野和義さん

写真右:陸前高田の被災地に立つ「なじょにかすっぺし」(なんとかしようよ)ののぼり



高台のお寺に上って、持参の昼食をとる。それはあの日以来、津波を逃れた人々の避難所だ。今もそこに暮らすご家族が、漬物とお菓子をふるまってくださる。

見下ろすと、建物が流されたあとの平地を瑞々しい緑が被い始めている。原材料として河野さんが仕人れていた小麦か流されて、あちこちで発芽したのだという。この風景を見ていると、「怒りや悲しみを通り越して、笑えてきちゃうんだよね」と、河野さんは、でもやはり笑わずに言う。


広田湾から隣の大船渡市までを一望できる展望台にも案内してもらった。広田半島は津波によって、一時分断され島となった。その生々しい爪痕がぼくたちの眼下にある。それは今から30数年前、石油コンビナートの造成計画がもち上がり、地元の反対運動によって中止に追い込まれた場所だ。運動の先頭に立ったのが、河野さんの父親の道義さんだった。「命湧く海」を守れなかったら、かわいい孫やひ孫に合わせる顔がない、と。


その父の遺志を継いで、河野さんもまた、原発をはじめとする様々な開発計画に反対してきた。彼は3・11を通じて、「本物」の豊かさが改めて問われているのだと感じる。いのちを育む自然界の豊かさか、それを犠牲にして得られるモノや金の豊かさか。もちろん、地震や津波によって多くの命を奪ったのも自然。しかし、その同じ自然によってすべての命は死の瞬間まで養われ、生かされるのだ。



被災地を巡る旅の最後は塩釜。そこで、8年前に「100万人のキャンドルナイト」を一緒に始めた仲間たちと集う。ロウソクの灯を前に、原点に立ち還ってみよう、と。


ぼくにとってのキャンドルナイトの原点、それは作家松下竜一さんの「暗闇の思想」だ。これもまた1970年代、周防灘開発計画の一部だった火力発電所の建設への反対運動から生まれた。松下さんは言った。

「"停電の日"をもうけてもいい。・・・月に一夜でもテレビ離れした“暗闇の思想”に沈みこみ、今の明るさの文化か虚妄ではないのかどうか、冷えびえとするまで思惟してみようではないか」(『暗闇の思想を』より)


3・11は文字通りの暗闇をもたらした。果たして、それを足がかりに、ぼくたちの「暗闇の思想」を育んでいくことができるかどうか。

消えた陸前高田市街地の全貌。川が見えるのは気仙川。その向こう岸に八木澤商店はあった

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