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ブータン・ドチョカ村の民家に学ぶ「大地とつながる家」


大岩剛一(建築家、ナマケモノ倶楽部世話人)

2014年9月、ブータンGNHツアー報告集より


ドチョカ村全景。手前がモ・チュ

水の村


要衝プナカ・ゾンの西を流れるモ・チュを北北西に10kmほど遡った谷の北岸。刈り取り前の棚田が、背後を縁どる森の際からなだらかな緑の階段となって蛇行する川辺に落ちている。二つの棚田の縁に点在する30戸ほどの白い民家。左手の山の頂にのぞく仏塔。静けさと神々しさを湛えた、ドチョカ村の集落だ。


村の暮らしを支えているのはヒマラヤ山脈がもたらす豊富な水だ。田を潤し、飲み水を供給し、地域分散型の小規模水力発電が生活に必要なすべての電気をまかなう。棚田には山の湧水を引いて作った用水路が走っている。所有者の異なる無数の田んぼに地形の落差を利用して水を平等に分配し、一部は家に引き込み、最後は川に戻す。ここには一本の水路でつながった暮らしがある。取水をめぐる素朴な技術と豊かな知恵、そして水を汚すまいと上の家が下の家のことを思いやる、命の水を守る心がある。



風の谷の小ラカン

ラカンのようなTさんの家の外観。 厚い版築壁からせり出す火灯窓のある2階の壁
ラカンのようなTさんの家の外観。

白い土壁と赤茶色の木でできたドチョカ村の民家は美しい。繊細さと力強さをあわせ持つ、豪壮で気品のある外観。大工技術の確かさを感じさせる装飾の数々。ブータンの住まいは、まるで小さなラカン(寺)のようだ。


ブータンでは色彩のもつ意味は極めて重要だ。黄、白、赤、青、緑の五色は宇宙を構成する五つの要素、つまり空気、風、火、水、大地を意味するからだ。ぼくが泊まった家では一階が煮炊きと食事、団欒のための部屋、二階は祭壇のある仏間(チョシャム)と寝室になっていた。


特に南面する二階の三つの部屋の内部は、寺院と見まがうほどの極彩色に塗られた木組の装飾と壁絵に埋め尽くされ、濃密な曼陀羅的世界を形成している。壁も天井も五色を基調にして塗り分けられ、火灯(かとう)窓のある薄い土壁が、三室とも出窓のように外にせり出す。外観が寺院のように見えるのは、長く突き出た深い軒と、三方にせり出したこの壁(窓)のせいに違いない。


Tさんの家の仏間と祭壇

日中は谷底から強い南風が吹き上げ、夜間は背後の山から北風が吹き下ろす。だからドチョカ村の民家の外周壁は、蓄熱性に優れた版築(はんちく)工法の厚い土壁でできている。土をコンクリートのように型枠の中に入れ、上から棒で突いて固める工法だ。泊まった家では息子が手作りの日干煉瓦を積んで家畜小屋の壁を改修していた。木、土、石、そして壁下地や仮囲いに使う竹。トタン屋根を除けば建材はすべて村の近くで調達できる。


点在する家々はどれも正面が谷に向いている。重厚な版築壁の上には、木の束(つか)で持ち上げた傾斜のゆるい何層かの切妻屋根が載り、谷から吹き上げる風が切り離された屋根と屋根の隙間を通り抜ける。風通しのよい屋根裏には燃料の薪や穀物等の食糧が貯蔵され、棟の上ではグンダと呼ばれる一本の小旗がはためく。

庭先のダルシンとルンタ。眼下にモ・チュの流れを望む


大地とつながる家


眼下にモ・チュの流れを望む民家の庭先。無数の経文を刷り込んだダルシンの旗竿と木の枝に渡された5色のルンタが、祈りを乗せた風を受けて揺らいでいる。ここは神の土地。神の恵みを分けてもらって生きる人々の住まい。太陽と風と水と土によってあらゆる自然と結ばれた人々の、それは大いなる大地への祈りの風景だ。



今回のブータン西部への旅で、この50年間に私たちの住まいが失ってきたものの大きさを思い知らされた。量産化された住宅。素性のわからない建材。地域とは何の関係もない均質でのっぺりとした町。私たちの周りには、コスモロジー(宇宙観)を喪失したそんな茫漠たる住の風景が広がっている。日本の住文化の貧しさとは、つまるところ自然とのつながりを失い、大地への祈りを忘れた私たち自身の姿ではないのか。


近年、グローバル化の波を受けて変貌するブータン。だが人々の暮らしと住まいは、私たちがいつの間にか忘れ、失ってきたものをたくさん思い出させてくれる。大地と、自然とつながり直すことなしにはつくれない、「懐かしい未来」の風景を見せてくれる。

 

大岩剛一プロフィール

建築家(一級建築士)。成安造形大学造形学部教授。スローデザイン研究会代表。(有)ゆっくり堂役員。99年、環境文化NGOナマケモノ倶楽部のメンバーとして、持続可能な社会に向けた住環境のあり方をテーマに活動する中でストローベイル・ハウスに出会う。2001年より「藁」と「スロー」をキーワードに、住の見直しと新しいライフスタイルの創造を視野に入れたスローデザイン研究会を主宰、「藁の家」の研究と普及に努める。

著書に『スローなカフェのつくりかた ~暮らしをかえる、世界がかわる~』 (共著、自然食通信社、2009)、『わらの家』(インデックス・コミュニケーションズ、2006)、『草のちから藁の家』(共著、INAX出版、2000)、『ロスト・シティ・Tokyo ~忘れられた風景からの都市論~』(清流出版、1995)、『大岩剛一とスローデザイン研究会の仕事』(スローデザイン研究会、2018)。

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