• 辻信一

コロナ・ウィルスと人肉いちば

最終更新: 8月24日

環境運動家として名高いラッセル・ミッターマイヤー(現在、「GWC(世界野生生物保護)」保護部門最高責任者)の記事が雑誌「世界」8月号に掲載された。霊長類学、生物多様性の研究者でもあるミッターマイヤーならではの視点から書かれた重要な論考だと思うので、その一部を、ここに抜粋させてもらいたい。しかし、ちょっとした解説が必要だと思う。


「世界」の記事の元になったのは、雑誌The Revelatorに掲載されたエッセーで、その数日後にはGWCのウェブにも加筆修正された文章が載っている。その二つの英文記事を参考に、「世界」からの抜粋にも、わずかに変更を加えさせていただいた。その二つの英文を読める方はぜひ読んでいただきたい。

https://therevelator.org/coronaviruses-human-meat-market/

https://www.globalwildlife.org/blog/coronaviruses-and-the-human-meat-market/


また、それらを要約、紹介する日本語の記事も下に貼り付けておくので参考にしてほしい。もちろん、「世界」8月号もお忘れなく。ミッターマイヤーの記事は「グリーン・リカバリー」という特集の中の一編で、他にも数々の読み応えのある論考が並んでいる。

さて、「世界」の記事のタイトルは「ブッシュミート—ウィルスにとっての『食肉市場』」となっている。これには違和感を感じざるを得ない。ブッシュミートとは、野生動物の肉のことで、ブッシュミート市場ではその生肉を売買する。今回のコロナウィルスのヒトへの感染の舞台として取りざたされているのも、ブッシュミートをも扱う武漢の市場だった。コロナ禍のなかで書かれたこの記事でも、当然、ブッシュミートの世界的な闇市場の存在が、重大な危機を引き起こしていることが述べられている。


しかし、記事全体を読めばわかるように、ブッシュミートの問題はテーマの一部であるに過ぎない。サブタイトルにある「食肉市場」だが、これは単にブッシュミートのことを指しているのではなく、実は人間と家畜こそが最大の、そしてウィルスに病原菌にとって格好の「餌場」であり、「ミートマーケット(食肉いちば)」だ、というのがミッターマイヤーの主張なのである。


論考のはじめに、彼は自分で考えついたという「ヒューマン・ミート・マーケット仮説」なるものに言及する。訳せば「人肉いちば仮説」。ここでまた二つの英文記事のことだが、それらのタイトルはともに、「コロナウィルスとヒューマン・ミート・マーケット(人肉いちば)」だ。人肉という表現は確かにショッキングだが、だからといって、ほとんど同じ内容をもつ文章のタイトルを「ブッシュミート」に変えてしまうのはいかがなものだろうか? 


たしかに、「ブッシュミート交易」を禁止すべきだというのは、筆者の論点の一つである。しかし、それをタイトルに掲げることによって、同様に、あるいはもっと重要な他の論点をかえって目立たなくしてしまう、下手をすれば、覆い隠すことにもなりかねないのではないだろうか。


読んでいただければわかるが、ミッターマイヤーがあえて「人肉いちば」というショッキングな表現を使って言いたかったのは、人体そのものが、「捕食者や寄生虫、病原菌からしてみれば巨大な食料資源であり、生肉の塊であり、まさに生きる食肉市場」だということだ。そしてもう一つ、ミッターマイヤーが強調するのは、病原菌などの捕食者から見て、家畜こそが人肉よりもさらに大きな「餌場」となっているということだ。


彼によると、家畜化された哺乳類は、地球上のすべての哺乳類のバイオマス(生物量)の60%を占め、人類は36%、野生の哺乳類はわずか4%を占めるに過ぎない。こう考えると、今回のコロナ危機の背後に、人類による肉食の過剰という大問題があることが浮かび上がってくる。


こうしたことを念頭に入れて、抜粋を読んでいただきたい。そうすることで、記事の最後に出てくる「どうやって身を守るかHow to Protect Ourselves」の三点(読みやすいように箇条書きにさせていただいた)がより分かりやすくなり、筆者の考えの全体像をよりよくつかむことができるようになるだろう。


その第一は、生態系と生物多様性の保護こそが私たちの身を守るということ。第二に、野生生物の保護であり、ブッシュミート交易を含め、人間の都合で野生生物を生息地から連れ出さないこと。そして第三に、肉の大量生産と大量消費に歯止めをかけて、植物を基本にした食生活へと移行することだ。


今回、抜粋させていただいた記事をここに掲載するにあたって、勝手に、タイトルを元の二つの英文で使われたもの−−「コロナウィルスとヒューマン・ミート・マーケット(人肉いちば」と入れ替えさせていただいた。


英文の中でミッターマイヤーは、コロナウィルスを「目覚まし時計」にたとえていた。彼によれば、人類とウィルス・微生物を含む生態系との関係を軸として、この地球に大転換期が訪れており、それは人類の生存そのものを脅かす大きな危機をも意味している。コロナウィルスはその危機の一つの兆候であり、その背後で進行する生物史的な大変化を人類に知らせる合図である。 

(辻 信一)



Corona viruses and the Human Meat Market

コロナウィルスとヒューマン・ミート・マーケット(人肉いちば)

(抜粋)


“人肉いちば” A Meat Market…of Humans


まずは進化の過程に目を止めてみよう。自然界では、さまざまな理由である特定の種が豊富になったり、超豊富になったりすることがある。これらの種の繁栄は同時に、彼らを「餌食」(または餌場、宿主)にしようとする捕食者や寄生虫、病原菌(ウィルス、バクテリア、原生動物、リケッチア)などの進化、「共進化」をもたらす。豊富種、あるいは超豊富種は、捕食者や寄生虫、病原菌などからしてみれば巨大な食料資源であり、生肉の塊であり、まさに生きる「meat market(食肉市場)」である。(・・・中略・・・)


・・・大型肉食哺乳類が人類の「捕食者」として大きな脅威になることをもはやないだろう。…(中略)・・・ただウィルスや寄生虫、病原菌は別だ。彼らは多くの場合、本来寄宿すべき動物に感染しても何の症状も表さないが、糞や媒介者を経て人間に感染したときに重大な病気を引き起こす。今現在、そして将来において、彼らが私たちの大きな敵として立ちはだかることは間違いない。


生態系システムが単純化され多様性が狭まる環境では、人類は次々と現れる新種のウィルスや有害生物の標的にされやすくなる。生態系システムが健全ならば、他の多くの種が「緩衝材」として作用するのだが、特に拡大し続ける巨大な都市部にはそれがない。かつて見られなかったほど人口が密集し、多くの人が清潔とはいえない環境で暮らす都市部では、ウィルスや寄生虫、病原菌を招き入れているようなものだ。そこでは以前流行した伝染病と、新しい伝染病とが結合する可能性もある。今後どんな結合体ができるのかも、全く予想がつかない。(・・・(中略)・・・)


SARSが爆発的に流行した時、中国は何万匹ものジャコウネコ(ハクビシン)を、SARSウィルス(コロナウィルスの一種)を媒介する感染源として駆除した。しかしある特定の種を駆除することは、壊滅的な結果を引き起こすことにもなりかねない。なぜならウィルスの宿主である動物種を殺すことは、他の多くの野生生物を殺すことにもつながるからだ。駆除された動物たちが捕食していた有害種が野放しになり、ウィルスや病原菌を含む生態系システムに決定的な打撃を与える可能性がある。やがて生物の多様性がさらに損なわれ、この地球に生きるのがほんの一握りの生物種だけになっていく。そんな世界を私たちは望んでいるのだろうか。(・・・中略・・・)


ブッシュミートがもたらす危険


中国や東南アジア、西部と中部アフリカ、アマゾン川流域、そのほか世界のあちこちで、ブッシュミート(野生動物の肉)が継続的に食用にされている。そのため、これらの地域では、本来ならば自然の生息地で暮らす野生動物にとりつくウィルスや寄生虫、病原菌が、肉食を通じて人間にじかに摂取されることになる。一部の先進国でも「高級グルメ」として、ブッシュミートを食する人々が増えているが、残念なことだ。これらの野生動物は、自然界ではウィルスや寄生虫、病原菌とともに共進化している。彼らが人間と隔絶した自然のなかで生きている限り人間にはほとんど何の被害もないが、一度人間社会に入ればどんな感染症が蔓延するかは未知数だ。(・・・(中略)・・・)


もし人類が地球上でウィルスや寄生虫、病原菌を満足させられるほどの「十分な豊富種」でなかったなら、彼らの標的は家畜に向かうだろう。家畜は人間よりもはるかに豊富であり、彼らにとっては巨大な「食肉市場」だ。家畜化された哺乳類は、地球上のすべての哺乳類のバイオマス(生物量)の60%を占めている。人類は36%で、野生の哺乳類は残りのわずか4%に過ぎない。家畜動物から感染症が起きないように、人類はさまざまな工夫を凝らしてきた。狂牛病、豚インフルエンザ、口蹄疫、鳥インフルエンザ、魚シラミ症、それにサケの養殖場で発生するレオウィルス感染症。これら以外にも数多くの伝染病が動物の飼育上で発生した。人間がポンプを使って家畜の飼育場に大量の抗生物質を送り込むのも不思議ではない。飼育場の経営者にしてみれば、最大限の予防措置を講じて、新たな感染をなんとしても食い止めなければならない。しかし、抗生物質を大量に投与された動物を食するというのは、別の大きな問題だが。


ともかく、人間が家畜を飼育する環境は、ウィルスにとってはいたって好都合な、そして人間にとってはこの上なく危険な環境なのだ。


どうやって身を守るか How to Protect Ourselves


それでは、私たちはどのように自分たちや動物を保護すべきなのか。


(1) 最初に、私たちはこの惑星におけるありとあらゆる生物の多様性を守る義務がある。多様な生態系システムが健全であり機能的に働くことこそが私たちを守るからである。この地球が急速に多様性を失い、人間や家畜のウィルスやバクテリア、原生動物、それに他の寄生虫や病原菌のたやすい標的になっていくことを、私たちは望んでいない。彼らが姿を現し、私たちを見つけ出し、最も手に入りやすい「最高の食肉」として触手を伸ばしてくるのを見過ごすわけにはいかない。


(2) 次に、野生動物を自然の生息地から人間の都合や消費のために連れ出すことを止めなければならない。彼らを連れ出すことで、人類は寄生虫や病原菌と直接的な接触をすることになる。現在に至っても野生動物は食用や薬用、愛玩動物羊などとして商業取引を行っている国に対しては、政府が率先して永久に取引を禁じるよう強く流したい。・・・(中略)・・・


(3) 三番目に、・・・私たちは大規模な肉の消費から離れ、植物を基本にした食生活に移行する必要がある。大豆やえんどう豆、トウモロコシ、芋類、酵母、イースト菌やココナッツオイルなどが、今後の食生活を変えてくれるかもしれない。




(以下、共同通信47NEWS の日本語による英文要約記事)

https://www.47news.jp/4809748.html


「新型コロナ」:自然破壊し増えた人類、病原体の格好の標的

ラッセル・ミッターマイヤー


新型コロナウイルスの世界的なまん延を目にして頭に浮かぶことは、われわれ人類が、この地球上で種として大きな成功を収め、たった1種の生物として、極めて多くの個体数を誇るようになったという事実だ。


かつて米国西部にいたバイソン、アフリカのヌー、極北の地を埋め尽くす海鳥の群れなど、個体数が極めて多い生物種が集団で生活する例は少なくない。だが同時に、ある種が大量に増えることは、それを食べる捕食者や寄生する細菌、寄生虫、ウイルスなどにとっても非常に好都合だということになる。


かつて人間を捕食していたトラやライオン、ワニなどは今や、人間の生存にとっての脅威ではなく、新たな捕食者が生まれる懸念もないが、人間の寄生虫や病原体は別だ。彼らは、いとも簡単に自分たちの宿主を見つけられるようになり、自然を破壊して数を大幅に増やした人類にとっての強敵となりつつある。


しかも人類は自分たちの数を増やすだけでなく、家畜の数も大幅に増やしてきた。家畜は今や哺乳類の生物重量の60%を占める。人類が36%で、野生の哺乳類は4%でしかない。

 多数の家畜は、それらを利用する病原体にとって好条件となった。鳥インフルエンザや口蹄疫(こうていえき)、アフリカ豚熱(ASF)などのまん延がそれを示している。その結果、感染症が人間にも拡大するリスクを増やす。


今回の新型コロナウイルスのまん延も、このような視点から考えることが重要だ。


では、われわれは今、何をするべきだろうか。まず第一に、地球上の豊かな生物多様性を守る必要がある。家畜と人間が大部分を占め、単純化した生態系の中では、病原体は標的を見つけやすくなる。多様性に富む生態系は、われわれの健康を守ってくれるのだ。


第二に、自然破壊を防ぎ、陸上の野生生物を生息地から捕獲して食べ物や薬、ペットなどとして利用する行為をやめることだ。発展途上国を中心とする野生生物の消費が、病原体に人間が直接、接触する機会を増やし、本来なら自然の中に閉じ込められ、人間にはリスクとならなかったような病原体が人間に感染するようになる。新型コロナウイルスもこうして拡大したと考えられている。


中国はウイルスのまん延を機に、陸上野生生物の取引を禁止、ベトナムも同調する姿勢だが、アフリカ諸国も同様の取り組みが必要だ。


第三に、大量の肉の消費を減らし、植物ベースの食品への転換を図ることも求められる。


新型コロナウイルスのまん延は、われわれへの警鐘である。マスクの配布や手洗いの徹底、検査の拡大といった当面の対策だけでなく、コロナ後の世界を展望する上で、病原体が将来、さらにたやすく宿主となるものを見つけることがないように、根本原因をなくす対策が求められる。


良好な地球環境と、そこに暮らす人間の健康を守るためには、冷淡さと無自覚によって生態系を破壊する人々の行為を止めることが何よりも大切だ。

(2020年4月23日配信)                 

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