二十数年にわたる友人、そしてスロー・ムーブメントの同志だったシゲさんが、12月5日、94歳で老衰のため亡くなった。眠るように穏やかな最期だったという。ピースボートで一緒に大西洋を横断したり、エクアドルやブータンなどにも一緒に旅をした。100カ国以上を、ほとんどバックパッカーとして旅したシゲさんは、旅の達人であり、ぼくにとってはその道の大先輩であり、お手本だった。あっちへ行っても旅をしているんじゃないかな・・・
雑誌「ソトコト」でのぼくの連載に、登場していただいていた時のインタビュー記事を二回にわたってお届けしたい。
金井重
旅人。著述家。1927年福島県生まれ。女学校卒業後、「女子挺身隊」に入る。終戦後、民間企業への就職を経て共立女子大学文学部へ。卒業後、日本労働組合総評議会で働く。80年に退職、年金で暮らしながら、バックパッカーとして世界中を旅し始める。著書に「地球、たいしたもんだね」(成星出版)、「シゲさんの地球ホイホイ見聞録」(中央公論新社)がある。
人生、これ道草にあり。 シゲさんの世界一人旅
パキスタンの辺境プングレットの谷。カラーシャ族の村で秋の収穫祭があるというので一週間滞在することにした。お祭りの前夜、普段はおとなしい女たちが輪になって踊っている。寄せては返す波のようなリズムの中で無心に踊っている彼女たちの姿を見ているうちに、その一人ひとりに神が宿っているということをシゲさんは実感することができた。
マリ共和国では、イスラム教文明から逃れるように、バンディアガラの断崖にべったりとへばりついて暮らしているドゴンの人々の集落を訪ねた。死者の霊が天に昇るのを応援して、村人が夜を徹して踊る。みんな目に見えないものとしっかり結び合っている。やがて気がついたときには、シゲさんも話の中で踊っていた。
ルワンダでは義足を作っているNGOの責任者ガテラさんと話した。内戦で家族と引き離され、教会に引き取られて育ったという彼に、「キリスト教ですか」とたずねると「昔はね」。逆に「あなたは?」と聞き返された。
「とっさに“シゲ教よ”、と答えたの。そしたら、それはどんな宗教か、と聞くから、そうね、21世紀の自然崇拝かなって。すると今度は、ぼくもその宗教に入りたい、とガテラさんが言うのでびっくり。信者はとっていないのよ、とかとその時はあいまいに答えたんだけど、今ではこう思うの。ガテラさんはガテラ教がいいんです、と今度会ったら言ってあげようって」
世界が悪くなっている
辻 いきなりお聞きしますが、世界中を旅してきてどうでしょう。世界は良くなっているのか、悪くなっているのか。
金井 確かに悪くなってますね。日本ではそれほどではないけど、貧乏な国だとそれがはっきり見えます。グローバル経済に巻き込まれるほど格差がひどくなって、貧しい者はどんどん貧しくなっている。でも、それは単にお金がないという意味での貧困じゃないのね。ますます多くの人々が生きる意味を失ってしまっているんです。
辻 そして生きる基盤である、地域の生態系も劣化している。政治的、軍事的支配の場合と違って、経済的な支配の場合にはなかなか支配として自覚できずに、まるで支配されることを自分が欲しているかのように思えてしまう。シゲさんの目から見ると、日本はどういう方向に向かっているんでしょうか。
金井 やっぱり悪くなってますよ。時間の浪費も、物質の浪費も、「もったいない」という感覚が麻痺した結果です。でもそんな贅沢病の中で育ったはずの若い人たちのほうが、かえって新しい道を見つけるのも早いのね。その点、上の世代よりずっと敏感かもしれない。
辻 シゲさんにとってその「新しい道」とはなんですか。
金井 まず依存を減らすこと。今、農的暮らしというのがはやってるでしょ。あれはいいことよ。どんな空き地でもいい。少しでもいいから野菜を植える。土に親しむことで感性が変わります。そして100%依存の消費者ではなくなる。ほんの一歩だけど、それが始まり。何ごともいっぺんには変わらないもの。サラリーマンなら休暇を使って農家にステイ。今年は春に休暇をとったから、来年は夏にしよう、とか。会社の仕事のほかに、そういう生活の時間があれば人生がそれだけ豊かでしょ。
辻 精神的な依存を減らすことにもなりますね。これまではシステムへの依存を高めていくことこそが、進むべき道だと教えられ考えられていた。それをたとえ何%でも減らす方向に歩み出すことで見えてくるものは多いでしょう。
金井 それが、人間を解放する近道よね。
(続く)
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