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執筆者の写真信一 辻

かわいい自分に旅させよ 金井重の言葉(2)

昨日に続き、「ソトコト」誌に、のちには拙著『カルチャー・クリエイティブ 新しい世界をつくる52人』(ソトコト新書)に掲載された「人生、これ道草にあり」の後半をお届けしよう。ぼく自身、こうして読み直してみて、改めてシゲさんという人が生きたよき人生に感銘を受ける。虚空に旅立ったシゲさん、お会いすることができて、そして楽しい時をともに過ごすことができて、また多くを学ばせていただいてよかったです。ありがとう!  辻信一



シゲさんがくれたぼくの大好きな写真 パキスタン(?)にて

 

かわいい自分に旅させよ


辻 その点、旅は若者たちの生き方を変えるために大きな意味がありそうです。旅の達人シゲさんからアドバイスをぜひ。


金井 人は十人十色、旅も同じ。いろいろあっていいんです。でも理想的には一人旅。そのほうが変わり方は早いから。自分一人だと一所懸命見る。言葉が通じようと通じまいと、誰かに話しかけるしかない。


辻 依存を減らすには、旅が大いに役立ちそうですね。


金井 そうよ。可愛い子には旅をさせよ、と言うでしょ。私は「おじん、おばんも旅に出よ」と言うの。旅に出るのは何歳でもいいんです。まぁ、いきなり遠くでなくてもいいのよ。国内でもいい。自転車で行くのもいい。その日に帰ってくるのもいい。それでも一人で旅に出れば、おのずと知らない人と向き合って話さなければならない。喋ってみるとわかってもらえた。そして感動した、となるんです。


辻 わざわざ旅に出て、かつては日常の中で当たり前だったことを再発見するということでしょうね。


金井 日本の夜は明るいけど、アフリカに行くと、夜は真っ暗。あー、夜は暗いもんなんだなということを実感するわけ。でも今夜はお月様のおかげでこんなに道が見える。嬉しいな、とか。ささやかなことでいちいち、「今夜は嬉しい」「今日は嬉しい」となるんです。お水のありがたさも旅で痛感しますね。日本では今はどこの家でもお風呂があるのは当たり前。でも昔はない家が多かったから、よそでもらい湯したりしてね。昔の日本人が普通にやっていたことに外国で出会うと、ことさらに嬉しい。不思議ですね。


辻 「南」の国々を歩いてみると水不足に悩んでいることがすぐ見える。水の貴重さ、そしてそれを分かち合うことの大切さがわかる。この世界がこれから非常に困難な時期を迎えるときに、もらい湯もありなんだ、とか、夜は暗いんだ、とかいう感覚こそが大切になってくると思う。


近代とは何だったのか


辻 いつも聞かれてもうんざりかもしれないけど、これまで訪問したのは何カ国ですか。


金井 2000年になった時点で120カ国でした。80〜90年代の20年の間、120カ月間を海外の120カ国で過ごしたわけね。そこまでは覚えていたけど、でもその後はもう数えるのをやめたんです。


辻 21世紀になって心境に変化があったということでしょうか。


金井 2000年から翌年にかけての沖縄への旅が一つのきっかけ。もう一つは、ホリスティック医学の帯津良一先生から太極拳を習い始めたことですね。以来、スローリー、スローリーという旅になったの。


辻 最近の旅で特に印象に残っているところはどこですか。


金井 ハワイが良かった。でも私がハワイというと、シゲさんもいよいよ行くところがなくなったのか、なんて嫌味言われます。ハワイといえばリゾートとか観光地だと思うらしいの。でもハワイがいいのは、多分、先住民がいっぱい住んでいるところだから。先住民が元気なところはどこでも、彼らと一緒にまわりのいろんなものが生き生きとしているの。


辻 そういえば、シゲさんは2001年の9.11事件が起こる直前にはパキスタンに、アメリカの侵攻が始まる直前のイラクにも行きましたよね。


金井 9.11には本当に驚きました。何かが私のうちで音を立てて崩れた、というか。日本の20世紀は近代化が染み渡っていった百年で、私はまさにその時代を生きてきたわけでしょ。八百万の神々を信ずる社会に生まれ、有無を言わせぬ軍国主義の中で子ども時代を過ごし、戦後はアメリカ的自由や民主主義に感心し、その後、労働組合のためにせっせと働きました。近代の科学技術の発達はものすごかった。月に着陸し、DNAを解読できるようになるなんて誰が想像したでしょう。さて21世紀はどうなるんだろうというその矢先にあの9.11の事件が起きたわけ。


辻 一体これまでの進歩というのは何だったのか、近代とは何だったのか、と問い直しを迫る、そういう経験でしたね。


金井 9.11の前後にはイスラム教の国々によく行きました。世界中に、イスラム=テロリストみたいな嫌な雰囲気が広まっていったけど、私は善良なイスラムの人たちと毎日親しくおつきあいをしていたわけ。そして彼らから、目に見えないものを大切にするということを学び直していたんです。日本なんかでは、ますます多くのモノに囲まれ、科学技術をあがめ、目に見えるものだけを信じて暮らしている。これは恐ろしいことなんじゃないか、と思うようになりました。世界には実にいろんな文化がある。これからも情報技術の分野ではグローバル化がどんどん進むでしょう。でも世界を一つの文明で覆い尽くしてしまってはいけない、と私は思うの。それは文化の生命力をむしりとることなんです。


辻 80歳を前に、ますますお元気なシゲさん。「老いる」とはあなたにとってどういうことですか。


金井 今私はこの地球に偶然生きているわけだけど、結局は虚空に帰るんですね。虚空に帰るためには、今しっかり生きていないといけない。しっかりと生きて、ジャンプして虚空に戻ろう、と思うの。それは別にがんばるということではなく、昨日から今日、今日から明日へと一歩ずつ歩いているという実感さえあればいいんです。毎日、楽しいですよー。

(了)



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